メッセージ(大谷孝志師)
体験した恵みを伝える
向島キリスト教会 夕礼拝説教 2019年7月14日
使徒4:13-31 「体験した恵みを伝える」 牧師 大谷 孝志

 ペテロは聖霊に満たされ、声高らかに主の御業を語り始めました。少し前迄は、自分にこんな事ができるとは想像もできなかった筈です。主は復活した日、彼を含む使徒達に現れましたが、彼らはユダヤ人を恐れ、家の戸に鍵を掛けて閉じ籠もっていたのです。今日の箇所の彼らのように、命の危険も顧みず、主の十字架の死と復活を語る勇気はありませんでした。その後主は、復活後40日にわたって彼らに現れ、神の国のことを教えました。しかしその教えを聴いた彼らが求めたのは、イスラエル国の復興であり、彼らの名誉ある地位と栄達でした。ペテロ自身も大祭司の家の中庭で、三度主イエスとの関係を否定しました。彼らが大胆に主イエス・キリストの御業だと明らかにできたのは、彼らが求めてできたのでも、自分達にその力があったからでもありません。ただ、彼らが求めていたのは確かです。主イエスが父が約束した聖霊のバプテスマを与えられるのを待てと言われて、その時が来るのを祈りつつ待っていました。そして、その約束が実現したから、ペテロは主イエスを十字架に付けて殺させたユダヤの指導者に囲まれ、尋問された時、聖霊に助けられ、力付けられて、立ち上がって彼らに語れたのです。

 私達はこの教会に召し集められています。主イエス・キリストを信じ、救われた者として礼拝する為です。主はその私達を喜び、祝福し、恵みと平安を与えて下さいます。しかしその為だけに主は私達をここに集めているのではありません。主は聖霊のバプテスマを受けたらどうなるのか、何をすべきと言ったのでしょうか。「聖霊があなたがたに臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります」と主は言いました。その約束が、その時、彼らに実現しているのです。主は私達にも同じ約束をしています。主は私達も使徒たちのように立ち上がり、大胆に語るよう求めているのではないでしょうか。でも何故か自分には難しいと思ってはいないでしょうか。聖書に記されている言葉は、主のみ言葉です。これを自分に語られている私の言葉として聞いているかどうかと、主は私達を見ているのです。聖書の言葉が私の内で神の言葉となる時、私達に驚くべき変化が起きます。主が共にいると気付きましょう。自分の心をしっかりと主に向け、心で主に結び付きましょう。その時、主がこれ迄の私達の人生を突き動かし、根底から揺り動かし、新しい人として生きていると実感させます。私達を根底から変えるからです。この恵みの体験無くして語り掛けても、世の人の心は動きません。私達の心が揺り動かされていないのに、世の人の心が揺り動かされる筈がありません。世の人が心を閉ざし、聞く耳を持たないから、教会に行こと思わないのではなく、私達の心が揺り動かされていないので、その霊的振動が世の人に伝わらないからです。

 ユダヤの指導者達は、ペテロの自分の体験から出た言葉「だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私達が救われるべき名は人間に与えられていないからです。」を聞いて驚きました。心を動かされました。彼は彼らが見聞きした人間イエスが救い主だとの宣言に、神が共にいると感じ取ったのです。更に、癒された人が二人と一緒に立っているのを見ては、返す言葉もありません。 事実より強いものはありません。私達も聖霊により主イエス・キリストが唯一の救い主と知りました。この恵みの体験を宝の持ち腐れにせずに、私達が持っている周囲の人々が変えられる素晴らしい宝として、生かして用いていきましょう。