メッセージ(大谷孝志師)

悪魔の策略に勝つ為に
向島キリスト教会 礼拝説教 2020年3月29日
聖書 エフェソ6:10-24「悪魔の策略に勝つ為に」  大谷孝志牧師

 今は受難節です。主が、私達を悪魔の支配から助け出す為に十字架に掛かって死んだことを心に刻み、神の民として生きられる自分を感謝する時です。この手紙でパウロは「主にあって、その大能の力によって強められよ」と言います。悪魔は現実に存在し、その力は強く、人が世で悪魔の策略に対して堅く立つ為には、主の力によって強くされることが必要だからです。

 4:27で彼は「悪魔に機会を与えるな」と言います。悪魔が私達に執拗に働き掛けて、神が喜ぶ生き方から私達を遠ざけ、教会が成長するのを妨げようと機会を狙っているからです。 私達は福音を知らされ、主イエス・キリストを信じる素晴らしさを知り、喜んで生きています。そして世の人々も主を信じて救われることを願い、福音を伝え、この世が神の国となって、皆が救われることを願っています。しかし現実には、殆どの人は主イエスを信じようとせず、実を結ばない暗闇の業を続けています。このままだと人々に神の怒りが下ってしまいます。パウロはその事を真剣に、自分の問題として受け止め、私達にもそうするよう勧めています。福音を伝え、悪魔の業の醜悪さがキリストの光に照らされ、明るみに出し、世の人々に分かるようにすればよいと教えます。その為には悪魔と戦わなければなりません。しかし敵である悪魔の力は強烈です。人が自分の意志で神を第一とし神に仕え、神を神として礼拝する者となる必要があるからです。信仰が必要なのです。神はその為に、悪魔がこの世で、人を神から引き離す働き掛けをするのを神は許しています。悪魔は巧みに、人の思いや感情を巧みに利用し、ごく自然に神中心でなく、自分中心、自分が一番大事の生き方に引きずり込もうとします。ですから、主を信じ、主に従おうとするならば、悪魔との戦いだと意識して闘わなければできないと知ることが必要なのです。

 だからと言って、悲観的になる必要はありません。主を信じているなら、悪魔に勝てます。確かに悪魔は強力です。私達は成熟した大人となり、キリストの満ち満ちたところにまで成長できるからです。彼が言うように、私達は主を信じない世の人々と同じような生き方に惹かれる弱さを持ってはいます。しかし私達は、神が私達の天の父として支配する世界、神の国に生きているのです。主イエスが十字架で死なれたのは何の為ですか。ご自身の死により、悪魔に勝利するためです。私達を悪の支配から解き放つ為です。悪魔はその事を忘れさせようとします。私達は「古い人を脱ぎ捨て、霊と心において新しくされ続け」ているのです。そして「神にかたどり造られた新しい人を着ているのです」。それが真理なのです。パウロはそう教えています。

 とは言え、現実はなかなか変わりません。何故でしょう。悪魔が執念深く、私達を神第一の生き方を止めさせようとしているからです。だから今、この教会に連なる私達が互いに心と力を合わせ、思いを一つにして、悪魔と戦い、勝利する必要があります。その為にも一人一人が悪魔に「対抗でき、一切をを成し遂げて堅く立てるよう神のすべての武具を身に着けよと彼は言います。 人は弱いからです。だからパウロは最初に「主にあって、その大能の力によって強められよ」と言ったのです。私達は悪魔に勝利できます。でも、人の力では不可能です。だから今主に依り頼めば良いのです。主は生きてここにいます。私達がここで礼拝している主は、必ず私達を強め、悪魔に勝利させ、私達の信仰と教会を成長させます。そう信じるから主を礼拝しています。

 私達が悪魔に勝利する為には、神の武具を身に着けることが必要と彼は言います。彼は様々な神の武具を挙げます。先ず真理の帯です。帯は身なりを整え、姿勢を正す為に必要です。主が教えた真理を帯とすることで、私達は主に正しい姿勢を保てます。次に正義を胸当てにし、救いの兜を被ればよいと言う。神が自分を正しい者として受け入れて救い、神が味方と分かると、悪魔に立ち向う力を得るからです。足には人々に平和の福音を伝える準備を履き物にすれば、臆せずに世に出て行けます。更に主を信じる信仰の盾を持つなら悪魔が放つ火矢を防げます。悪魔の攻撃を防ぎ、勝利するには神が与えるこれらの防具が必要なのです。彼はその上で、攻撃の武具である御霊の剣、神の言葉を取れと言います。悪魔に打撃を与えることも必要だからです。

 私達は、防御と攻撃の為の神の武具を身に着けるだけでなく、祈らなければならないと彼は教えます。祈りについては「①どのような時にも祈る。②御霊に助けられて祈る。③全ての聖徒の為に祈る。④絶えず目を覚まして祈る。⑤忍耐強く祈り続けるようにせよ」と五つの事を教えます。自分の心の状態、感情に負けずに祈る者になりましょう。人の好き嫌い、有益無益の判断を克服して祈り、しかも諦めず、疲れずに祈りましょう。祈りで大切なことは御霊の助けを求めることです。御霊に助けられて祈ることにより、悪魔の策略に対抗して立てるからです。人々に福音を宣べ伝え、自分の信仰を成長させる為に御霊が助けてくれるからです。教会に連なる人々と心と力を合わせて働き、教会を成長していく為には、御霊の助けが何より必要なのです。

 最後にパウロは、私の為に祈ってと教会の人々に願っています。伝道者が、適切な言葉で福音を大胆に示すことが、教会が悪魔との戦いに勝利する為に必要だからです。御言葉が正しく語られ、聞かれることが必要なのです。その為にも彼はティキコをこの教会に送ります。彼が福音を正しく語り、人々が正しく聞く為には、彼らがパウロの状況を知り、使者の証しを聞くことが必要だからです。彼らが自分の様子を知り、心に励ましを得、信仰が成長し、その交わりが更に豊かになることを願うから、彼は信頼する主にある忠実な奉仕者を送ったのです。パウロは最後に祝福の祈りをもって彼の言葉を閉じます。神と主イエスからの信仰に伴う平安と愛があることこそ、彼らが悪魔との戦いの勝利するために必要だからです。神は今、新型コロナウイルスを用いて、私達の信仰を清め、高めようとしています。あなたは誰を信じ、礼拝しているのか、私は疫病よりも弱いのかと問い掛けています。先ず、主の御前にひれ伏しましょう。今日は私も同じ祝祷をもってお話を終えます。「信仰に伴う平安と愛が、父なる神とキリストからあなたがたにありますように。」主は生きて働き、私達がどこにいても恵みを与え続けています。感謝です。