メッセージ(大谷孝志師)
変わる事なき主イエス
向島キリスト教会 夕礼拝説教 2021年12月12日
ヘブル13:8-14「変わる事なき主イエス」 牧師 大谷 孝志

 今年もあと20日を残すだけに。コロナ禍の中の一年だが、振り返ると、15名が出席した元旦礼拝に始まり、様々な悲しみ、喜びの出来事があった。今月に入り、バプテスマ準備を始める方も与えられた。主がこの教会を愛し、守り導いて来た。教会だけでなく、自分の過去を振り返ると、自分の変化に驚くことが。前はもっと生き生きしていた、もっと明るかった。逆にもっと暗かった。もっとジメジメしていた等と感じることも。子供や青年の頃、社会人として仕事をしている頃と、年齢や立場によって、自分や相手の評価が大きく変わったり、結婚して自分や相手の性格が変わったと思う人もいるかも知れない。それに、若い頃は赦せなかったのに、歳を重ねた今は、長い目で見られたり、赦せたりする自分に驚くことも。

 人や時代によって、赦せ許る事、赦せない事は確かに違う。人は「諸行無常の理の中に生きる。世のもので変わらないものは何一つ無い。「動かざること山の如し」と言うが、大陸でさえ徐々に動いている。人の心だけでなく、突然環境が変わることもある。しかし、変わることに動揺すると、人は大切なものを見失う時がある。だから自分をしっかり保ち、じっと世の中のこと、人々を見ることが大事。

 聖書は「イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません」と教えている。私達はこの主イエスを信じ、この御言葉に立って生きるから、変わり易い世の中の事に翻弄されず、しっかりとした歩みができると知ろう。

 しかし私は、教会に来る前、主イエスを信じる前は、変わり易いものに頼り、空しさをよく味わった。或る人は言った。「人に頼る者は人に裏切られ、金に頼る者は金に裏切られる。分かっていても、裏切られても頼り続けるのが人間」と。人は誰も、何かに頼らなければ生きていけない。しかし、聖書が教える最大の罪は偶像礼拝。これは木や石や金属で作った像だけを指すのではない。人が父なる神、主イエス、聖霊以外のものに頼ろうとする全てのものを指す。今日の聖書も、これに頼れば大丈夫と教える様々な教えに迷わされてはいけないと教えている。ここでは、食物の規定を挙げているが、これを食べれば幸いになる、これを食べたら不幸になると教える人々がいたから。聖書は「恵みによって心を強くすることは良いこと」と言う。主も「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば。これらのものはすべて、それに加えて与えられる」と教えた。先ず、主が全ての支配者であると信じ、主に委ね、主を第一とする生活をしよう。主は生きて私達と共にいる。聖霊は「イエス・キリストは昨日も今日も、とこしえに変わらない」ことを私達に教え、その信仰に立たせている。教会で共に礼拝することは、とても大事なこと。主を愛し、主に養われる実例を互いに見ることができるから。何より、主が共にいることを強く感じられるから。主が共にいると分かると、生きる為に必要なものを自分や人の力で得ようとするのでなく、私を愛し、助け導く主に恵みとして与えられることを期待できるようになり「金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足」できるようになる。でも主は私達に何が何時必要かを知り、必要な時に必要なものを与える。だからこの世の変化に心を奪われ、無いことに浮き足立つことも。だから「でも」という囁きに耳を貸さずに、主が与える時を待とう。人は変わり、世も変わる。形ある者は必ず壊れ、消え去る。主が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」言う。だから、主イエスは変わることなく、いつも側にいて、養い続けていると信じて生きよう。