メッセージ(大谷孝志師)
悪を行う者への主の眼差し
向島キリスト教会 夕礼拝説教 2023年10月1日
ヨナ1:1:10「悪を行う者への主の眼差し」 牧師 大谷 孝志

 主イエスの誕生の数百年前、アミタイの子ヨナに、主は「立ってあの大きな都ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ」と命じた。主は、悪を憎む。しかし異教徒の人々を悪行の故に切り捨てはしない。全ての人を主は愛するから。滅びを望まないから、彼らに手を差し伸べた。しかし、ヨナは主の命令に背き、逆方向のタルシシュへ逃れようとして船に乗った。

 しかし、無駄だった。主は全てを支配し、御心を行わせる方。主が大風を海に吹き付け、激しい暴風を起こしたので、船は難破しそうに。恐怖から人々は大混乱に陥った。彼らは、誰のせいでこの災いが自分達に降りかかってきたのかを知ろうと、くじを引いた。すると、くじはヨナに当たった。彼らがヨナに尋ねると、彼は自分が天地を造られた神、主の御顔を裂けて逃れようとしたことがこの災いの原因と知らせた。彼らは海が静まる為にはどうしたら良いかと彼に尋ねた。彼は「私を海に投げ込みなさい」と言い、彼らが海に投げ込むと海は凪ぎになった。

 主は大きな魚に彼を飲み込ませ、三日三晩魚の中にいた彼はそこで主に祈った。彼は自分が犯した罪の故に、絶望的状況に置かれた。私達も自分の罪の故にどうしようもないと思い込むことが。しかし、どんなん時でも誰にでも祈りという救いの道が。私達も自分を愛し救いの道を歩ませている主を思い出して祈れば良い。主は無条件でその祈りを受け入れ、赦し、主と共に歩む者、御心を示し、御心を行う者とする。主は魚に命じて彼を陸に吐き出させた。主の為に生きる者とした。

 そのヨナに主は再び「あの大きな都ニネベに行き、わたしがあなたに伝える宣言をせよ」と命じた。魚の中で変えられたヨナは、主の言葉通りにニネベに行き、都の中で、「あと四十日すると、ニネベは滅びる」と歩き回って叫んだ。すると人々は断食し、粗布を纏い、彼が信じる神に喜ばれる者になる姿勢を神に示した。

 ヨナ書は旧約聖書の中の一巻。ここに書かれている神は、私達が信じる主イエス・キリストの父なる神と同じ神。聖書は、この人々への神の眼差しと神の思いを通し、私達が世の人々に対して、どのように接すべきかを私達に教えている。

 聖書は、世の人々が悪の道を歩んでいるが、私達が人々に御心を知らせるなら、人々は悪い行いをする悪の道から離れると教える。神は、神が受け入れられない悪の道を歩み、滅びに向かっている人を滅ぼす。しかし、人々が悔い改め、悪の道を離れるなら、災いを下すのを止め、救う。聖書は、主の「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は救われます。しかし信じない者は罪に定められます」とのみ言葉を私達が本当に信じるかどうかと問い掛けている。主は私達にどうでも良い事を命じているのではない。ご自分がそうするし、人々をそうすると宣言している。それが真実だから。

 主はニネベの人々の悪を放置せず、彼らが悪の道から立ち返り、滅びる者とならないように、ヨナを遣わした。主は全ての人を愛するから。彼は一旦は逃避したが、祈りの中で、自分に注がれた恵みを思い起こし、主が救うとの原点に立ち、主の言葉を伝えた。私達も救われた喜びを心に刻み、滅びと救いのどちらを選ぶのかと人々に聞けば良い。それが福音を宣べ伝えること。神は神を知らず、滅び行く世の人々を愛しているから、滅ぼしたくないから、私達を世に遣わしている。滅び行く世の人々と躊躇し自分に閉じ籠もる私達への主の眼差しを思おう。「わたしは世の終わりまで、、いつもあなたがたと共にいます」と語り掛ける主を思おう。